これを頼もしい部下たちが発案し、各空港に声掛け、有名歌手を引っ張り込み実現させた。
普通だったら電博使って進めるところ、どこのプロデュースも受けず裸一貫でやり遂げてしまう。
なんて凄い奴らだろう。
自分の部下ながらホトホト感心する。柱上部まで水に浸かった。 |
3月11日は仙台空港でのライブイベントが実施された。
午前中はさとう宗之さん、午後はMIKIさん、そして上田正樹さんへとつないでいく。
TVで何度も空港が津波に飲み込まれる悪夢のような光景が映し出された。
犠牲者も出た。
多くの悲しみと苦難を乗り越え、1年を待たず仙台空港は復活を遂げた。
その場所で、追悼を込めて皆が歌を捧げるのだ。
午後2時46分。
悲劇の時間を迎えるころ、会場には続々と人が集まってくる。
これから旅立つ人、到着した家族、空港で働く社員・・・・
皆、イベント会場に寄り沿う。
自分は経験していないはずなのに、そんな思いが何故か、目を閉じた脳裏に怒涛のように浮かんできた。
自分は経験していないはずなのに、大粒の涙がこぼれた。
心が震えた。
この大震災が身体に刻まれた、そんな瞬間だった。
まだまだ問題はたくさん残っている。
これで終わりではない。
これから、また1年、また1年と、復興への努力を積み重ねていかなければならない。
重く圧し掛かってきた一日だった。
仙台空港からの帰路、電車の窓から見えた仮設住宅。
道路に転がる船。
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