2010年12月30日木曜日

師走

近所のスーパーにて
今日は正月をお迎えするため、家の大掃除。

この間弟と一緒に結構気合い入れて頑張ったので、片づけと床掃除くらいかな。

認知症の母親も一緒になってお手伝い。

食器戸棚にTVリモコン、冷蔵庫に洗濯バサミ、コタツの中にお弁当・・・・

本人は片づけているつもりだけど、もとの位置に戻せないから、変なところに置いてしまう。

それを探し出すほうが面倒なわけで・・・
憂鬱になっちゃったので、気分転換に途中近所のスーパーでお買いもの。
コーナーでは「迎春」のデコレーション。

お、年越しそばが48円!

年末は時間が早く進んでいるみたい。
1日があっという間に過ぎていく。

そして2010年もあっという間でした。

会社の異動があったり、手術したり・・・
母親の介護に疲れて憂鬱になってしまったり、怒りっぽくなったり・・・・・
だからこのブログの名前がAn Insatiable Blue(尽きることのない、果てなき青)なんです。

一方、大好きな波乗りに思いっきり発散している自分もあって、で、空の青、海の青と掛けてます。
しばらく波乗りはできないけど、ね。

来年はどんな「青」になるのかなぁ・・


どうぞ皆様も良い年をお迎えください。

2010年12月29日水曜日

羽田空港(H22.12.29)②

羽田空港第2ターミナル 中央部より北側を望む
第2ターミナルビルの状況もご覧ください。

人、人、人・・・たまに犬・・・

皆これから郷里に戻ってお正月を迎えるのでしょう。

安全で快適な空の旅になりますように。

羽田空港(H22.12.29)

第1ターミナル 南側出発階
今日の羽田空港。
昨日まで穏やかだったけど、今日は人の波が押し寄せている。

久々に見た混雑風景に思わず会社の空中廊下からカシャっと画像撮りました。

年間6300万人を超える旅客数は、アトランタ、シカゴ、ヒースローに次いで世界4位。(ちなみに成田空港は31位(3300万人))

年間利用旅客数を1日換算すると17万人の人が羽田を利用していことになり、千葉県八千代市や神奈川県秦野市、鎌倉市などの中堅どころの市人口全部が1日で動いてしまうことなわけで・・・

空港で働くことの大切さ、大変さを感じます。

さー、今日もがんばるか!

2010年12月28日火曜日

ワールドスカイゲート NARITA

現在の成田空港のキャッチコピーが「World_Skygate」
電車内広告

空港や駅構内、はては空港会社の名刺まで艶やかな青に染めてこの文字を入れている。

そして、このサブキャッチが「Hello Goodbye」

この文字を見て想い出すのは・・・

お茶を飲むたび紅茶のカップが行ったり来たり・・・

できることなら、生まれ変われるなら、カップになりたかった柏原さんの名曲だ。

毎日、通勤で成田空港始発駅から、羽田空港終着駅まで2時間15分の長ーい旅路、今日は柏原さんの夢を見ながらひと寝入り。

あなたは銀のスプーンで私の○○○をクルクルまわしてー・・・



やだぁ、ココロだって・・・・

2010年12月27日月曜日

クリスマスのあとは・・・

クリスマスが終わるとお正月の準備。
仕事先の羽田空港でも25日の深夜からクリスマス装飾の撤去です。

早いところでは25日になった途端片づけていたご家庭もあるとか。

でも待って。
クリスマスってーのは、12月25日がメインで、24日はイブ(前日)なんだよね?

自分も含めてなんだけど、やっぱりお正月をお迎えすることのほうに重点置いてます。
そういや年賀状の追加分をイブに書いてたっけ。

習慣の違いですな・・・

俺の実家はおもちゃ屋だったんで、クリスマスの翌日が、クリスマス。
ケーキやチキンも売り切れているし、作るのも面倒くさいから、大体お寿司の店屋物。
小さいころからサンタさんからのプレゼントという夢もなく、店の中から現物支給。

小学生のころから店手伝っていたしね・・・・
おかげで、25日まで食事は向かいの食堂のカツ丼、ケーキなんぞは店番の合間に家族交代で食べてたっけ。

俺が車の免許取ってからは、サンタサービスなるものも行っていて、電話で注文を受け、夜にお宅まで商品を届けていたことも。(宅配ピザーラみたいなもんだ・・・)

だから、あんまり良い思い出がない。

だから、お正月のほうがドキドキワクワクする。

もういくつ寝るとお正月?

金魚ちゃんたち

知ってました?
ブログの右側の金魚ちゃんたち、色変えてみました。

この子たちにマウスダブルクリックで餌を与えられるんですが、青いのがトロくてなかなか餌を食べられない。
左下で餌をあげて、集まってきた隙に、対角の右上でパラパラっとやると、数匹が気づいて慌てて寄ってくる様が結構おもしろいです。

あ、どんなにあげても太らないから大丈夫。

おためしあれ。

2010年12月26日日曜日

大売出しだよー

年々町の人口が減っていて、特に若い世代が巣立っていく。
年寄りの割合が多くなり、町の生産性が弱る。

地方分権のため、年金やら介護やら費用負担が増える。

4分の3が田畑。
こんな町に住んでいる。

そんな町の歳末イベント。

地元で毎年行っている歳末大売出し。
現金ドーンと総額300万円。

どーんとがんばっているんだけど、過疎化が進む地方の町はクリスマスの飾り付けも寂しいもんです。

メリークルシミマス・・・






2010年12月24日金曜日

ウニ

一応サラリーマンなので、一応仕事している。
今日は仕事の依頼で仲間と打ち合わせ。

インクの出ないペンで落書きされた・・・
まじめに仕事内容の確認をしていたら、その手(指)に落書きするヤツがいる・・・

こら!

なぜ、指に「うに」と書かれたか不明。
いつも一緒に仕事してる相棒(一応社長)の行動は時に分からない・・・

俺の手術の経過が良好だったのを知って、きっと嬉しくてやったに違いないと、俺なりに解釈している。

面白くて、おちゃらけたフリして、でも仕事は誰より一生懸命に向き合って、きっちりこなしてくる。
憎めない。

でも、変。
昔、寿司屋で飲み食いしてた時、俺が酔って、寿司がうまいから「シェフを呼べ」って騒いでたら、「主婦」呼んできた。

やっぱ変だ。

2010年12月23日木曜日

ピーコさん、ファッションチェックお願いします。

昨日、後ろから見た母親のズボンの格好が、なんだかずっこけた感じだった。
昔流行った、ハマーみたい。

良く見てみるとセーターを履いている・・・

前から見ると、もっと変。
お股のあたりが首の部分になるため中が見えちまっている。

本人いわく「今日は涼しい」らしいが、なんだか暖かそうにみえるのは生地のせいか。

以前、黒タイツの上に履くつもりだったスカートを忘れて、向かいの店から、江頭2:50が歩いていると指摘された。

最近はデイサービスの方がほぼ毎日来てくれるので、ファッションチェックしてくれるようになり、かなり安心してるのだが、来ない日は何を着ていいのかわからなくなっちゃう。

認知の度合いが進んでいるせいなんだけど、その格好を見てつい笑ってしまう。
笑っちゃいけないんだけどね・・・

今度はどんなファッションにチャレンジしてくれるんだろう・・・

2010年12月22日水曜日

新商品④

またまた出ました。
家路に着く途中の、緑と赤のラインで有名なコンビニ。

なぜいつも「シ」が書けない。

スペツヤル?なんかソ連ぽい
 なぜ「ツ」になる?
やるなー。

今度「シルシルミシル」と書かせてみたいもんです・・・

2010年12月21日火曜日

なおった!

今まで画像がアップロードできず、ブログが作れなかったのに、今日いろいろいじり回してたら突然直った。

俺の手術も、明日の経過チェックで最後とのこと。
もうほとんど痛みは感じなくなった。

たまーに、チクッと走るぐらい。

また明日も主治医にサオやら氷嚢付近を触診される・・・・
こっちもイロイロいじられて治ってないかなー。

メリークリスマス

羽田空港第2ターミナル

寒くて厳しい冬空なのに、何故かウキウキ。
街からいろんな光がキラキラと溢れ、鈴の音と合唱のハーモニーがどこからか流れている。
葉っぱが落ちた街路樹も、このシーズンは光の飾り付け。

ふっと家族や大切な人を想う。

部屋の明かりを落として、ろうそくを灯した先の相手が、ワクワクしながらプレゼントを受け取る、その顔を想像して、今年もサンタは準備に忙しい。


今年も楽しく良い年で過ごせたでしょうか。

ツリーに飾ろう。
願いを添えよう。

皆がこれからも幸せでありますように。
メリークリスマス。

2010年12月20日月曜日

んー??

最近、どうもブログの調子が悪い。
画像が添付できない。

貼りつけようとするとerrorが・・・

なんでだろう?と色々調べていくうち、今までの画像サイズが大きかったため、容量がいっぱいになったのでは、という結論に。

ちなみに今載せている画像はどれも900kbから1.2mb
ネットでは皆50~70kbと聞いて、なるほど納得。

で、現在古いものから修復中。

暫く絵がないブログで掲載です。


ちなみにオノデン君は1.2mbでした。

2010年12月15日水曜日

新商品

帰り道のコンビニで絶賛販売中!
スパイ”ツー”レッドチキンって何?

とってもスパイツー!


2010年12月14日火曜日

会社研修

今日から2日間、会社の研修で缶詰め。
実は2回目。
去年途中で研修を辞退したため、再度受講とのこと。

受けてみると、改めて実感、感動。

自分が見えていない自分、部下の育成、会社が目指す目標と目的。

考え直すことばかり。

自分の背丈を見つめ直す時間はとっても貴重。

考えてみると、あとちょっとで役職定年・・・・
部下の将来を明るく導かなければ・・・


と、言いつつアフター研修に盛り上がり、25時着床。
あれ?再々受講決定か???

2010年12月12日日曜日

免許センター

今日は免許の書き換えで幕張の免許センターへ行った。
日曜だからきっと混むだろうと予測して、8時30分からの受付に余裕を持って8時に着いた。
ところが駐車場はギッシリ!
俺できっと最後から2番目くらい。
すでにギッシリ!


後続車は入り口で停止されてしまった。

センターに入るやいなや、もうすでに大行列。
最後尾という札を持ったオッチャンに促されて並んだところから、最初の書類受付まで、1時間待った。
この列の隙間が彼女たちのステージ

書類に必要事項を記入し、収入印紙を貼って、今度は視力検査と写真撮影。

またこれがすごい行列!
10列以上で並んでるのに、視力検査までまた1時間かかった。

途中、子供2人を連れた家族が列に並んでいて、そのうち、10歳くらいの女の子2人が飽きちゃって、唄歌ったり踊ったり・・・



大体なんで子供連れて来るかなー

妹はなんとか母親に自分を向いてもらいたくて、「おかあさん、もう42歳だねー。お誕生日おめでとう」と大声でハッピーバースデーを唄う始末。
周りは爆笑。本人撃沈。

そのあと、写真撮影では、「一緒に写りたい!」とゴネていた。
それから先一緒ではなかったが、その後もきっと大変だったろうな。

なーんて考えながら、自分の講習時には、真後ろで、赤ちゃんを連れてきた親がいて、講習中ずーっと大泣き・・・・

さすがの先生も、何度も「大丈夫でちゅかー?」と赤ちゃんをあやしてた。

少子高齢化社会だから、子供を大切にしなきゃいけないんだろうけど、それは公衆道徳とは違うと思う。

昔、一流レストランを断られた親子が、店に激しい訴訟を起こしていたことがあったが、どこでも入れると勘違いしている。

道徳の大切さを感じながら、違反者用講習を2時間たっぷり聞いた日でした。

2010年12月9日木曜日

寅ちゃんとクリスマス

去年、出向先の会社でささやかながらクリスマスパーチーを開いた。
総務の一大行事である賞与&年末調整&給与の給与計算業務が一段落し、慰労も兼ねて、課内での飲み会だった。

頼もしい後輩が幹事を務めてくれた。
忙しいはずなのに、皆には涼しい顔をして結構凝った演出を仕込んでくれた。
予算もないはずなのに、クリスマスプレゼントまで用意し、ちょっとしたゲームを取り入れ、とっても楽しかった。
寅ちゃんです
仕込みなのか偶然なのかわからないが、俺がゲットした賞品は俺の干支である「寅」の置物だった。
賞品は俺のお気に入りとなり、異動先のデスクでもパソコンの横に飾っている。
たまたま、年賀状の準備をしてて、今度はウサギかぁ~なんて考えながら、寅ちゃんを見て去年のチーパーを思い出した。

こうして考えると一年って早いなぁ。
皆、今年はどうしてるかなぁ。年調入力終わったかなぁ?

頑張り屋で、めっぽう明るくポジティブで、努力向上を怠らない、最高のメンバーでした。
皆にも良いクリスマスが訪れますように・・・
We wish your Merry Christmas!

術後の状況

手術後、4日経過した。
縫合痕の腫れも引き、その部分に関してはもう痛みを感じない。

接着剤で縫合・・・セメダイン?
一方、体内に埋められたメッシュシートが、下腹全体を掴みあげているような感覚の痛みがある。引っかかっているのか、突っ張っているのか、見えないのでよくわからないが、下腹に時折鈍い痛みを伴う。

一番痛いのは、咳やくしゃみ。
咳をするとき、こんなに下腹を使うなんて、改めて認識した。
咳が咳を呼んでなかなか止まらない時など、もう悶えるように痛い。
主治医の話では、メッシュシートが馴染んでくるまで一カ月くらいかかるとのこと。

「一か月は激しく腰を動かしてはいけません。」
退院の時、諸注意事項を聞いていたら、看護師さんがニヤリとしながら「ゴルフとか、よ」って付けたした。
「上下ですか?左右ですか?」なんて質問をかえす前に、抑えられた。
やるなぁ。

その時は、まだ、この痛みが長く続くと思っていなかった。
甘かった。

今日で痛み止めも終わる。
これから先、この痛みや違和感とどう共存していくのか、ちょっとヒヨった。


2010年12月7日火曜日

おはよう、ボーヤ

駅中広告
   
毎朝、始発駅で同じ場所から電車を待つ。
目の前には来日中国人旅客を狙った広告。

オノデンボーヤが歓迎光臨と出迎えてくれる。
毎日の始まりに出会う彼は、いつもと変わらずBig Smileを投げかけてくれる。

残念ながら、「よっしゃ、がんばるぞ」というキッカケにならないが・・・・

さて、今日も電車に2時間少々揺られながら会社に向かいます。

夢の中で彼と一緒に宇宙と散歩するかね~・・・


2010年12月6日月曜日

病室の白い天井

病棟に移り、麻酔による幻惑のような夢と、鈍い下腹の痛みが混ぜこぜになりながら、仰向けになって薄暗い天井を見つめていた。
ナースコールと天井

そのうち、少しずつ、俺の親父のことを思い出してきた。
親父も、俺が小さいころから入院を繰り返していたのだ。

仲間を集めて酒を呑み交わすのが大好きで、俺が小さいころから、夜になると、近所の大人たちが家にあがりこみ、毎晩大宴会だった。
親分肌だったそうだ。

それが原因で肝硬変になり、俺が小学校高学年の頃から退院できなくなり、やがて帰らぬ人となった。

よく弟と一緒に親父の病棟に見舞いに行った。
大部屋の、一番通路側に陣取っていた俺の親父は、その部屋の親分気取り。
病室の皆さんや看護婦さんにチャチャを入れ、いつも明るく、楽しそうに笑っていた。
夕方になってもベッドごとにカーテンを仕切る人もなく、俺たち兄弟が帰るまで、6つあるベッドで宴会のような騒ぎだった。



きっと違う・・・

俺たちが帰ったあと、きっと誰より先にカーテンを閉め、今の俺のように、ぼんやり天井を見ていたに違いない。

今、わかったんだ。

表に出さず、悲痛な叫びを、心の中で上げていたんだ。
「死にたくない」、と。

享年39歳だった。

俺は生きるよ。
親父の何倍も人生を楽しんで生きる。

そして、いつか、親父のところへ行った時、たくさん話すよ。
じゃあね。

2010年12月5日日曜日

初めての手術

今日は鼠形ヘルニアの手術。
早くに病院に向かい、手術についてのスケジュールを聞いて、早速手術専用の上着に着替えた。
仰向けになっても上から全て脱がせられるようなブルーの上着。
猪木みたいに前で縛って闘魂ポーズしたら看護師さんに笑われた。

今度はストッキングを履いてくださいと言われた。
何故かというと、術中にエコノミー症候群のようになって足がむくんでしまうのを防ぐためだって。
看護師さんから白いパッケージのものを渡され、ちょっと恥ずかしがりながら開けてみたら・・・なーんだ、膝下靴下。
着圧が強く、足先に穴があいている。手術中に爪の色で身体の状態を見るんだとか。

そしてベッドに寝て点滴を打つ。
点滴も初体験。
左の腕、手首のちょっと下あたりにチクッと。

暫く横になっていたら、今度は麻酔の説明。
全身麻酔で行なうので、起こされたら終わってますよ、とニコニコしながら承諾書にサイン。
でも、承諾書には結構恐ろしいことが書いてあった。戻ってこれない可能性もあるとか、ね。

名前を呼ばれ、点滴を持ちながら歩いて手術室へ。
「かっこいー」俺の第一声。
眩い光を浴びた無機質なベッド。
心拍や呼吸を数値で表示するカウンター類。

「よくテレビで見る光景と一緒ですねー」って言ったら、「テレビが真似してんの」とまた笑われた。
そのかっこいい舞台?に壇上し横になる。

点滴を睡眠剤が入ったものに付け替えられる。
麻酔の先生が話しかけてくる。

「日に焼けてますね。サーフィンとかするんですか?」
「はい、九十九里あたりで・・・・・」
もう、意識はない。ほんと数秒でやられた。

・・・・・・・

「起きてください」の声で、目が覚めた時は、一時間の手術後。
まだ、寝ぼけていて手術が終わったのかどうかよくわからない。
「終わりましたよ」と言われて一安心。

そういえば肝心の剃毛はどうした?
美人看護師さんがやりますって聞いてたぞ!
ちょっとワクワクしてたんだけど、どうやら麻酔中にやられたらしい。

手術痕も見ず、まだ麻酔が効いているので、またひと眠り・・・・ZZZZZ


起きたら主治医の先生がやってきて、縫合跡を見て、成功ですよと伝えられ、さらに安心。
傷口はほとんど痛くない。
1600kcal
その後病院食が出て、痛み止めの薬をもらう。

ところが、麻酔や薬が切れてくると、今度は重たいような腹痛がじんわり襲ってきた。
腹の中から膨らんで突っ張っている感じ。
チクチクではなくズンズン。


病棟ベッドに移され、暫く経過観察。
血中酸素や体温、血圧などこまめにチェックされ、術後経過状況について主治医の先生から説明される。
「大丈夫。問題ないよ」
信頼しているんだけど、腹痛いんです、先生・・・・


今は接着縫合で、抜糸は必要なし


肝心の手術内容は、お腹の表の皮膚の裏側に、内臓を守るための膜があって、それが破れて、腸がそこから出てしまうのが鼠形ヘルニア。いわゆる脱腸。恥骨の左側からゴルフボールぐらいの大きさで膨らんで出てくる。
手術では、腹を切って、腸を押し込め、破れたところにメッシュをいれ、縫合。
そのメッシュが体内で落ち着くまで痛いんだそうだ。

腹に力が入る行為や体勢は2週間禁止。あぐらとか、和式便所、でかいくしゃみね。

激しく腰を動かす行為は2カ月禁止。
激しく動かす?
どんな行為だ?ちょっとHな方向?

看護師さんが、薄笑いしながら、「ゴルフやテニスですよー」だって・・・


ま、しばらくサーフィン自粛だな・・・




2010年12月3日金曜日

柄サンダル

会社を通じて知り合った友がいる。
会った瞬間に意気投合した。
なんだか同じ匂いみたいなものを感じた。

だから一緒に仕事をしていて楽しい。
互いの創造力をぶつけ合うこともある。笑いながら真剣に仕事する。
時に、意見をぶつけ合うこともある。
認め合いながら、妥協せず、最後までベスト目指して語り合う。
だから、いい仕事ができる。
だから、信頼できる。
そんな風にして仕事して、もーかれこれ10年くらいの付き合いか・・

今も、いつもと変わらぬ人懐っこい笑顔で何かを仕掛けてくる。

俺がめいっている時、さも偶然装って目の前に現れる。
「ちょっと近くまで来たんだけど飯でもどう?」・・・ちょっとキザッぽいし。

悩んでいる時、変なメールをよこす。
今日は俺の手術を知って、「生前、元気だった最後のひとコマ」とか言って現調の時に撮った俺の写真を送ってきた。・・・データサイズでかすぎ。

そうやって俺の心を溶かしてくれる。


 この間は、サンダルを送ってきた。
ただのサンダルじゃなく、サンダルの表側を手彫りでくりぬいて絵や柄を描く。
 
サンダル職人、器用なヤツ

やるじゃん。

事務所内でスリッパ代わりに、よく履いてる。

面とむかって言えないから、ブログで言ってやる。

いつもありがとう!ホリ!

大切な俺の相棒。



俺はおふくろと違って靴下を忘れない


2010年11月30日火曜日

炊飯ジャーでミルフィーユ

ご飯が炊けなくなった。
今まで出来ていた動作だった。

炊飯ジャーから、黒釜を出して、そこにお米を入れ、水で研ぎ、再びジャーにセットして、赤い「炊飯」ボタンを押す。

これが出来ない。

ジャーから黒釜を出し、黒釜をセットするジャーのほうにお米をいれ、黒釜にはお米を入れず、水だけいれる。
そして、靴下で黒釜を拭き、再びジャーに入れて、そこに、お米を入れる。

つまり、ジャー、お米、黒釜、お米、という順でサンドされた状態となるため、黒釜が浮いてしまい、ジャーのふたが閉まらない。

で、赤い「炊飯」を押す。

本人は出来ていると思っているので、1時間後、ふやけたお米を見て、「ジャーが壊れた」と俺に訴える。

最近は、もうお米を買っていない。
黒釜とお米のミルフィーユは見たくないから。

夢の国のシンデレラ?

最近の母は、よく姉(伯母)を探している。
「ねえちゃん、どこいった?」

母の実姉は近くに住んでいるわけでもなく、ちょくちょく来てくれるのでもない。
でも、よく聞かれる。

きっと、信頼している姉のことを想っているうち、現実と夢想の境目がなくなっちゃったんだろう。

母は、今、どの世界に住んでいるんだろう。
どの世界が見えているんだろう。

それは、「生きている」と表現できるのだろうか。
脳死っていうけど、アルツハイマーも、一種似たようなものなのか。

確かに、以前大きな病院で脳の診察をしたことがある。
ラジオアイソトープだか、ラジオテープだか忘れたけど、その診察結果では、脳の前頭葉という部分が機能していないと言われた。

「今」でも「現実」でも「夢」でもない世界。
これは母ワンダーランド。
おとぎ話か。
かっぽう着のドレスと、白髪のティアラ。

でも、靴下は履かない。

2010年11月24日水曜日

以心伝心

最近、母親が夜明け前に俺の部屋に来て訴える。
「なんだか寒い」

足元を見ると、毎度のように裸足。

夜になるとなぜか脱いじゃうらしく、足元が冷えて起きてくるってワケ。

毎晩?毎朝?起こされるのは大変面倒で、一旦起きたら、今度は寝てくれない。
夏に捕まえた虫みたいに、なんだかゴソゴソ動いている。

かんべんしてー!
っと思っていたら、弟君がコタツを買ってきてくれた。
しかも、人感センサー付きで安心設計らしい。

以心伝心っていうのかな。
信頼してるし、自慢できる俺の大切な弟です。
もう!うれしいっす。

で、母親はってーと・・・
コンセントを抜いたコタツで寝ている。


認知症は知恵比べってどっかの本に書いてあった。

やるな。裸足のゲンめ。

安太郎H22.11.21

ネットで手術のことを調べていると、術後の回復が芳しく、活発に運動できない人がいるらしい。
自分自身も、気持ちが守りに入ってしまい、診断後海に行っていない。
仕事以外で一か月以上も海に行かないなんて相当なもんだ。

低気圧も来てるし、ここは一発頑張ってみようと、いつも通り北を目指したけど波は大荒れ。見た感じ、カレントが強そう・・・
吉崎

で、いろいろ見た結果、安太郎で入水。
はるか遠くから頭以上の形の良い波がブレイクしてる!
人も少ないし、行くっきゃないっしょ・・・

仲間と二人で沖へ出てみたものの、強いカレントで流され放題。
川か、ここは。

結局いい波掴めないまま、腕力限界で終了。

またもや、ハズしたか・・・
ま、でも仲間との波乗りって、海が悪くてもサイコーに楽しい!

Go for itと目で応えあうTake off の瞬間とか、Off the Lipを決めて沖へ帰ってきたときに、満面の笑顔で出迎えてくれることとか・・・
だからやめられないッス!

また今度、絶対いい波でやろーなー。
安太郎

朝寝坊

夏の朝はとても早起き。
暑さで目が覚めたときには、すっかり夜も明けている。
清々しさもなく、熱湯みたいにぐつぐつ沸騰したような空気が息苦しくプレッシャーをかけてくる。
太陽はすでに入道雲をよじ登り、堂々と自慢げに居座って、一瞬視界を奪いとる。
特に今年は暑かった。
まだ6時過ぎなのに気温はもう30度を超えていた。
夏を謡う蝉でさえ、ちょっとヒヨってた感じ・・・

でも、最近は俺のほうが早起きになった。
やっぱり寒くなると布団から出て行くのがおっくうになるんだろう。
6時ごろ、やっと顔を半分くらい出してくる。
でも、寒いから、嫌そうに、ゆっくり渋々起き上がってくる。

朝も、冬が苦手なんだな。